九死に一生

今朝車に乗ったら車のディスプレイに

DSC_1645_20160831084117.jpg

Happy birthday !

の文字が・・・

今日は妻のお誕生日っていうことを失念していました
車に登録しておいて正解でした

夏休み明けで外来忙しかったけどこれからケーキとお花を買って帰りま~す



スポンサーサイト

サロマ湖100kmウルトラマラソン 15

夏休みは、次女と忙しく楽しく旅行をしてきました
機会があったら後日ご報告します!

本日は、夏休み明けで大変忙しくちょっとだけブログ更新

富士五湖の80kmを完走した僕は、1ヶ月後のサロマ湖完走の目標に向けて今回、雨に濡れとても辛かった事を反省して雨具とそれを入れるウェストポーチの必要性を強く感じて御茶ノ水のスポーツ用品店でナイキの防水で軽量コンパクトのウィンドブレーカーを探し当てた

ウェストポーチも探したがなかなか手頃な物が、見つからない。

ランナーズの通信販売で良さそうなのを見つけたが、せっかく買ったナイキのウィンドブレーカーが入るかどうか心配なのでランナーズに電話して実物を見てから買いたい旨を伝えると快く

「本社へ来て買いに来てください!」

との返事をいただいた。

渋谷の池尻大橋近くにあるランナーズ本社は、とても立派なビルでそこでお目当てのウェストポーチに僕のウィンドブレーカーが、入るのを確認してから買うことができて大満足。

その後、サロマ湖のレース2週間前に10kmのレースと1週間前にハーフのレースに調整のため出場しとうとうレースウィークに入たのだった




週末の佐竹選手

土曜日は、雨だったのでジョギングせずに朝は、まったり家でゆっくりしてクリニックへ
仕事を終えて家で一休みしてから家族と実家の逗子へ

まずは、父のお墓参りに

DSC_1454_20160822092359.jpg

お花なんて飾っても喜ばないので大好きなウィスキーをコンビニで買ってお供えしてあげました
もう少しよい酒を持ってこいと怒られそうですが・・・・・・

その後は、逗子のビーチへ娘とお散歩

DSC_1457_20160822092347.jpg

ディナーは、ちょっと奮発して母親を連れて日陰茶屋のフレンチへ

DSC_1463_20160822092338.jpg

ちょっと早めの誕生日の御祝い妻もで上機嫌

DSC_1462_20160822102608.jpg

日曜日は、前日夜遅かったにも拘わらず早起きてしなんとか公園を7周
家に帰ってシャワーを浴びて朝10時から文京区千石にある日本医師会で地域包括ケアの講習会

DSC_1464_20160822092140.jpg

夕方 6時近くまで缶詰で流石に疲れました
少し頭を休めるために渋谷に買い物に行って映画鑑賞して頭をもみほぐしてきました

DSC_1467_20160822092148.jpg

なかなか充実した週末を過ごすことが、出来ました

明日23日からクリニックは、今週いっぱい夏休みです

ブログも夏休みとさせて頂きますね



サロマ湖100kmウルトラマラソン 14

オリンピック日本選手大活躍ですね!
レスリングの吉田選手は、よく頑張りました!
自分を責めないで欲しいですね!

「一つ位違う色のメダルも手元に置いておきたかった!」

ぐらい言っても誰も彼女を攻めないと思いますけど

残り4km、3km、残りの距離が減ってきてゴールの北麓公園が、見えてきた。
ここで驚愕の事実を知る。100km、117kmのランナーは、北麓公園に吸い込まれて行くが、その横でスタッフの人が、

「80kmのランナーは、こっちです。」

と、公園とは、別の方向に導く。80kmのランナーは、ゴールの北麓公園を離れここからさらに3km余計に走らなければならないのだ!
(現在ビギナーコースは、77km!当時は、無理矢理80kmに設定したためこのようなことに・・・・

時刻も夕方7時近くとなり薄暗く霧も出て来て50mくらい先しか見えなくなって来ている

霧の中を走っていると向こうからゴールに向かうランナーが、戻って来る。
おり返しへ向かう途中、辛くてしようがない僕は、折り返して来たかわいらしい女性のランナーに思わず

「あとどのくらいですか?」

と、聴くと、

「もう少しです。」

と、親切に答えてくれる。さらにしばらく走ると先行していた原先生とすれ違うと、

「その先を曲がってもう少しだよ。」

と、励ましてくれる。
最期の坂を登りパイロンを回っており返しゴールへ向かう。
一歩走ることに脚が、悲鳴をあげる

最期くらいは、走ってゴールと思い二人の子供の名前を(このときは、次女は、まだ産まれていなかった)何度もつぶやきながら走る。

とうとうゴールの北麓公園に入って行くと先にゴールしたと思われるランナーが、拍手で迎えてくれる。陸上競技場に入り前を走るランナーを二人抜いてついにウルトラマラソンを初ゴールした。

僕のセイコーパルスグラフのスットプすると時間は、10時間45分台で止まっていたが
振り返ってゴールの上にある公式時計を見ると11時間0分台を刻んでいるのだ。

35kmのレストステイションで休憩時間を計らない様に時計を止めたため正式な時間が判らなくなってしまっている
結局、その後に送られて来た僕の公式記録は、10時間59分56秒と制限時間を僅か4秒残してのぎりぎりのゴールだったのだ。

当然、僕の順位は、150人中150位と最下位であったが制限時間内にゴール出来て大満足であった
ゴールすると走っていた時以上に脚が重く辛い

ずっと動かしていた脚を止めたことによりもの凄く重くなっている。レストステイションに預けた荷物を持って脚をひきずりながら探しているとスタッフの人が、あまりにも情けない僕の姿を見て親切に

「後ろから押しましょうか?」

と、声を掛けてくれると僕は、

だったら抱っこが、いいな。」

と、切り返す。脚は、もう動かないが口だけは、とても元気なのだ

「それは、ちょっと…」

笑いながら答えて

「荷物、探しましょう」

と言い親切にも僕の荷物を探して持ってきてくれたのだ

丁寧に礼を言って駐車場へ原先生とひよこの様にゆっくりと歩みを進めて車に辿り着いて祝杯を挙げるため旅館に向かった


サロマ湖100kmマラソンへの道 13

休憩することによって時間を食うためこの10kmごとのラップが、判らなくなると思って僕のセイコーパルスグラフのストップウォッチをストップしてしまうのだ。

このことが、終盤になって痛い目に遭うことは、このとき知る由もなかった

広々とした本栖湖県営駐車場にいくつものテントが立ち並んで入る。

この中からここでレース前に預けたビニールのあるテントに行ってゼッケン番号を申告してボランティアから自分の袋を貰って
いすに腰掛けて袋の中からBAAM、五本指ソックス、冷却スプレーを取り出す
まずソックスを脱いで脚にマメができていないか確認

代えのTシャツとシューズも用意していたが、35kmまで伴にしてきたリーボックDMX10で何ら問題がないためソックスの交換だけにする

冷却スプレーを脚にかけさらにシューズの中に撒いてリフレッシュする。
スープを飲みと軽い食事を済ませて、再びセイコーパルスグラフのスタートボタンを押してからコース走り始めたのだった

本栖湖を周回する途中で40km地点をラップする。

休憩時間を含んで1時間30分15秒とペースは、落ちていない。

本栖湖を1周して精進湖方へ向かう道は、少なからずアップダウンがあり僕の両脚にダメージをあたえる

精進湖を左手に見ながら往路の時に歩くと誓った遠くまで見とおせる長い長い登り坂をなんの迷いも無く歩くことに・・・・

この坂の途中にある50km地点を歩いて通過する。
ラップは、1時間18分40秒、なんとか10kmを1時間10分台でクリアする。
長い坂を登りきってから再び走り始める。この坂の後も精進湖から西湖への道は、小さなアップダウンが続き交通量も少ない。

両脚が限界に達してきた僕は、交通量が少ないことをいいことに最短距離になるように道路の真中を走る。

最早、少々の危険はいとわなくなってきていて命より完走が大事になってきている
運良く交通事故に遭わずに西湖に辿り着くが、段々歩く時間が増えてくるようになって来る。
さらに追い討ちをかけるように空から雨が降り始める

その小雨の中を最後の関門、西湖公民館の横を通過する。
公民館で脚を止めて休んでいるランナーも大勢いたが、休んでしまうと二度と走れなくなりそうなので走り続けることにする。

西湖の湖畔を歩いたり走ったりしながら60km地点へ辿り着いた。50kmからの10kmを1時間26分48秒でラップする。
初めて10kmのラップが、1時間20分台に落ちて行く。

西湖に別れを告げて河口湖への坂を歩いて登る。
トンネルを潜り河口湖へ続く待望の長い下り坂を走って下る。

河口湖に辿りつき道路を右に曲がり湖畔の道路を走ったり歩いたりする。
この湖畔道路は、2年半前に初めて走ったフルマラソンの河口湖マラソンのコースとダブっているが雨も続き引き続き降り脚も棒の様になり懐かしむ余裕も無くなって来ている

河口湖を離れ国道にでると一般の人が歩く横を走ることになる。

僕は、雨に濡れてびしょ濡れ状態になってきているのだが周りを見渡すと用意によいランナーは、ウェストポーチから出したビニール袋で作った雨具などを着ていて雨に対処している。

夕方の天気まで気にしていなかった事と雨具を用意していなかった事を悔やんだが、文字通り後の祭りである
ゴールへ近づくには、脚を動かす以外にないと自分自身に言い聞かせ脚を前に出す。
70km地点にようやく辿り着いた。
心の中で

「ゴールまであと10km。」

と呟く・・・

60kmからの10kmを1時間20分50秒でラップする。
エイドステイションのテントの中で暖かいスープを貰うととてもおいしく芯から冷えた身体がとても温まる。

雨宿りできるテントの中から雨の中へ走り出す事に少し躊躇したが、ここまできたからには完走しなければと意を決してから走り出す。
大会スタッフ誘導され国道を横断して北麓公園への高低差約200mの長い坂を登り始めるが、すでに両脚は僕の言う事をまったく聞いてくれず歩き続ける。

雨のせいもあるのかこの坂は、一般の人や車の往来も無く周りの殆どのランナーが黙々と歩いてる。
背の高いランナーが、関西弁で

「この坂どのくらいつづくん?」

と、僕に尋ねてくる。

「僕も初めてなんで…。」

と返事をするとちょっとがっかりした顔をして

「この坂、洒落にならへんわー。」

と言いながら抜いて行く。

このランナーも僕もこの坂が、いつまでどこまで続くのか知りたいのだ。
延々と続く坂を雨の中を約1時間歩くと、残り5kmの表示を見つける。

「もう少し。」

と思い、意を決して久々に走り始めるが、長続きしない

残り4km、3km、残りの距離が減ってきてゴールの北麓公園が、見えてきた

ランナーが、左に曲がって北麓公園の方向へ吸い込まれていく

しかし、ここで僕は、驚愕の事実を知ることに

その驚愕の事実とは・・・・

感謝

開院以来、12年間勤めてくれたスタッフが一応昨日で退職しました

10月位まで不定期でお手伝いをしてくれるかもしれませんが、最後に素敵なお手紙を頂きました

ありがたや!ありがたや!

皆様にもちょっとだけお裾分けです


DSC_1445_20160816181112.jpg

週末の佐竹選手

土曜日朝は、15km走ってクリニックで外来です
来院患者さんは、お盆なので普段より少なめでしたが、検査の予約もめいっぱい入っていますので1時近くまで外来かかってしまいました

その後は、すき家で速攻でランチを済ませてテニス仲間と平和島で暑い中テニスを2時間・・・・
DSC_1435_20160815084925.jpg

家に帰ってシャワーを浴びてゆっくり一休み

夕方からは、ちょっと贅沢して大学時代の友人と東京タワーのそばのニュージーランドレストランで夕ご飯です

DSC_1436_20160815085022.jpg

「7時前から始めて早めに切り上げて日曜日に走ろう!」

と、思っていましたが、美味しい食事に舌鼓を打つと話に花が咲いてお店を出たら10時すぎ

DSC_1437_20160815085008.jpg

家に着いたのは、11時頃(家族は、キャンプ等々で出かけて誰もいませんので正確な時間は不明です)

でも日曜日は、頑張って早起きして6時から8時過ぎまで公園をダラダラ21km走りました
速攻で家に帰って5分でシャワーを浴びて医師会に9時ジャスト到着

DSC_1441_20160815084959.jpg

9時から5時まで7月に新築された休日診療所で当番です

DSC_1442_20160815111442.jpg


お盆の割には、結構忙しく5時までしっかり地域医療に貢献してその後は、3ヶ月前から家族の一員になった犬のお泊まり先にお迎えに恵比寿へ行ってミッション終了

DSC_1443_20160815113220.jpg


早起きしたせいもあって缶酎ハイを飲みながら食事したら9時前には、ベッドに直行でした

週末は、二日とも仕事の割に充実した週末を過ごせました








サロマ湖100kmマラソンへの道 12

ビギナー80kmのレースは、午前8時スタートで制限時間は、11時間。つまり午後7時までにゴールすればよいのだ。既に117kmのランナーは、早朝4時に100kmのランナーは、早朝6時にスタートしているのだ。
午前8時の号砲と伴に約200人のランナーが、河口湖へ向けアップダウンのある道を走り始める。朝の高原の空気が、とても気持ち良い
しばらく僕と原先生の隣を走るランナーと会話を交わす。

その人は、以前サロマ湖の50kmを完走した経験があり今年は100kmにチャレンジするそうで去年は、ノーマル100kmの部に参加したが、残念ながら途中棄権したそうだ

そのランナーが、言うには、サロマの50kmをゴールした後に仲間と完走パーティで完走を称えあっていたが、やはり100kmを完走したランナーに比べ肩身の狭い気持ちになったらしく今年は、100kmに参加すると決意を語っていた

10kmのラップは、1時間8分56秒。河口湖から西湖に向かう長い登り坂が続く。こんな坂で体力を消耗してはいけないと考え迷わず歩き始める

ここでゼッケンの色
の違うランナーに抜かれる。彼らは、100km、117kmのランナーでここから合流しゴールまで同じコースを走るのだ。
(すくなくともこの時は、そう思っていた。)

既に20kmも37kmも長く走って走っているランナー達に抜かれるのは、少し気が引けた。しかし彼らと競争している訳ではないのだ。僕の唯一の目標は、制限時間11時間以内に80kmを完走することなのだ

峠を超えトンネルを潜り抜けると西湖に向かって下って行く。西湖湖畔は、河口湖に比べて旅館などが、少なくつり船屋が多く湖上でものんびりと釣りをしている人達がいる

20kmのラップは、1時間11分44秒。西湖を離れて精進湖へ向かう。長い1kmくらいの下り坂を下って行くと精進湖に辿り着く。

「帰りに、これを上るのは、嫌だなあ。絶対に歩こう。」

と、心に誓いながら坂を下る

自分に優しい僕は、自分が楽できる事に関しては、直ぐに決まるのだ。
大会関係者に誘導され道を渡り精進湖の湖畔道路に入る。

富士五湖の中で一番小さな精進湖の周りは、西湖と比べさらに旅館やレストランも少なく寂しく車の往来も一段と少ない。

30kmのラップは、1時間15分54秒。まあまあのペースである。
精進湖を離れ富士五湖、最期の本栖湖へ向かう国道は、交通量も多く景色も短調であり両足の疲れも徐々に増して来た

こんな田舎になんのために作ったか判らない地下道を潜ると35kmのレストステイション本栖湖県営駐車場に辿り着いた。

80kmを走りぬくために35kmでの休憩は、少し早い気もするがチャレンジ117kmのコースでは、ここのレストステイションは、75km地点となるため仕方が無い。

ここで僕は、大きな失敗を犯してしまうのだ
休憩することによって時間を食うためこの10kmごとのラップが、判らなくなると思って僕のセイコーパルスグラフのストップウォッチをストップしてしまったのだった

このことが、終盤になって大変痛い目に遭うことになるのだった





山の日の佐竹選手

山の日と言っても特に日頃のお休みと変わることなく
暑い中、公園行って仲間とジョギング!

0f9bca97-s.jpg

もちろん暑いですけど狂った程暑くなく比較的走りやすく10周21kmで終了
その後は、ひとり一風堂!

received_831404416995403_20160812145738.jpeg

夏季限定のつけ麺を堪能

DSC_1422_20160812145830.jpg

そして会計時についに念願のプレミアムカードの申し込みのはがきをゲットォ

努力は裏切りませんね

さらに協力してくれた家族や仲間に感謝したいと思います

まるでオリンピック選手のようです

DSC_1424_20160812145814.jpg

その後は家に帰ってシャワーも浴びずに灼熱のテニススクールへ


received_831438586991986_20160812145751.jpeg

暑いのでスクール参加者は、2人だけ一杯球が打てて幸せですけどテニスコートは基本的に日陰がないのでとにかく暑かったです

家に帰ってシャワーを浴びて一休み
夕方の友達との会食までに時間があったので今週位で終演してしまうファイティング ドリーを鑑賞!

DSC_1427_20160812145908.jpg

夜は、ちょっとしたお祝いの会を目黒のこじゃれたレストランで食事会

DSC_1432_20160812145800.jpg

こじゃれたレストランでしたけど飲み放題のコースを選択したら疲れた体にお酒が効いて案の定今朝は二日酔いでした
誰か、飲み放題で飲みすぎない方法をご存じの方が、いたら是非御教授頂きたいですね

忙しないけど充実した山の日を過ごせました

サロマ湖100kmマラソンへの道 11

1998年の目標であるサブフォーを達成した僕は、1999年に新たな目標にサロマ湖100kmマラソン完走を掲げたのだ
以前から原先生もいずれは、走ってみたいと言っていたを聴いていたこととフルマラソンのタイムを縮めるのに少し限界を感じていたため僕は、超長距離ならなんとかなるんでは、ないかと考えたからだ

もうひとつの大きな理由として 著者本人が、サロマ湖ウルトラマラソンに初めて参加するまでの過程と完走への道程をおもしろおかしく感動的にペーソス溢れた内容で描かれた
本、ウルトラマラソンへの道(著 夜久 弘)を読んでとても感動したからなのである


121541300505016408363.jpg


僕の中で勝手に

「ウルトラの父」

と呼んでいた夜久さんは、残念ながら2015年一月に天国へのウルトラマランレースに逝ってしまいました

c053b8cf.jpg

ひとりで北海道のサロマ湖まで行く根性の無い寂しがり屋の僕は、この新たな目標を原先生に告げて一緒に参加する様に求めた。

「ウルトラマラソンは、来年と思っていたんだけどなー。」

と、言っていたが脅かしたりお願いしたりして参加申し込みさせる事に成功した。

サロマ湖ウルトラマラソンを完走するにために長い距離を練習で走るのが、嫌いな僕は、
(その頃は、練習で走る一番長い距離は、21kmまでと決めていた。)

積極的にフルマラソンのレースに参加する。1月に館山若潮マラソン、3月に佐倉健康マラソン、板倉ハートフルマラソン、荒川市民マラソン、4月に小笠掛川マラソンとたて続けに参加する。

結果は、館山若潮は、4時間35分16秒、板倉は、4時間27分48秒とふるわなっかたが、荒川市民では、3時間59分46秒と2度目のサブフォー達成した。
小笠掛川では、雨の中を4時間3分33秒と調子を挙げてきたのだった。

この結果を糧にサロマ湖への前哨戦としてチャレンジ富士五湖マラソンのビギナーコース(80km)に参加する。

チャレンジ富士五湖ウルトラマラソンは、あの間 寛平ちゃんが、スパルタスロン完走のために始まったと言われるレースでチャレンジ117km、ノーマル100km、ビギナー80kmと3つの種類のレースがある。ビギナー80kmは、山中湖を周れないが117kmのコースは富士五湖すべてを周れる景色の素晴らしいコースである。

3つのすべてアップダウンのある厳しいコースでここの80kmを完走できれば、ほぼフラットなサロマ湖のコースも完走できるかもしれないと思い原先生と参加を決めたのだ

1999年5月14日、レースの前日に富士急ハイランドで受け付けし河口湖の山岸旅館に家族で泊まり次の日の朝に当日参加の原先生と合流しレース会場の北麓公園に朝7時ごろに到着する。

天気は、心地よい五月晴れとなり絶好のレース日和である

いそいそとゼッケンを着けて37kmのトランジットへの荷物を預けて初めてのウルトラマラソンのスタートに着いたのだった


サロマ湖100kmマラソンへの道 10


日頃ブログを読んでいる次女が一風堂に行ってラーメン食べたらわざわざレシートにスタンプを押してきてくれました
なんと優しい子に育ったことでしょう

DSC_1409_20160809090136.jpg



さてさて

第18回つくばマラソンに1998年最大の目標のサブフォーを賭け原先生と出場した。レース当日は、肌寒い晩秋の日で木枯らしが吹き落ち葉が、道路の上を舞っていた

“3時間半から4時間で完走”のプラカードのあるスタート地点でスタート時間を待つことに・・・

スタートを待っていると少し肌寒いが、サブフォーを狙う僕にとっては、好都合である
スタートの号砲と伴につくば路へ、6000人のランナーが吐き出される。スタート後しばらくは、道幅が狭く混雑もあり思い通りのペースにならなかったが、5kmも走るとランナーもばらけてくる。

フラットなコースなためとても走りやすくほぼ予定通りのペースでラップをしていく。10kmばかり走ると前方に十数人ランナーの塊を見つけた。

ミズノランナークラブの男女一組のランナーが、サブフォーを目指すランナーのためにペースメーカーとなって走っている
その周りにランナーの人だかりが出来ているのだ。
サブフォーを狙う僕もその集団に自然と飲みこまれる。

ペースメーカーの方に僕は、

「4時間切るためには、どの位のペースでいくんですか?」

と、遠慮なく話しかける。

「前半を1時間50分位でおり返して後半に少し余裕を持っていきます。」

と、親切に答えてくれる。

「僕にとっては、少し速いペースだなあ…」

と、思ったが経験豊かなランナーのいるこの集団についていけば、サブフォーを達成できるなら話しは、別。迷わずこの集団と運命を伴にすることにした。

しかし、このあと、この集団と別れなければならなくなる事件が起こる。

ペースメーカーの二人のランナーが、離ればなれになってしまったのだ。
僕と一緒に走っている男性のペースメーカーが、

「あれ~何処いっちゃたんだろう」

と、言いながら前後を探す。

「ちょっと先を見て来ます。」

と、言い残し、ペースをあげ先行する。このあとこのペースメーカーと2度と出会うことがなかった。
サブフォーのペースメーカーと別れてしまったが、自分のペースを守りきり

またもやぎりぎりの3時間59分27秒でゴールし、待望のサブフォーランナーの仲間入りを果たす事が出来た。(ちなみに原先生は4時間を切れ無かった。ちょっと優越感。)
 


1998年の目標であるサブフォーを達成したのだった

週末の佐竹選手

土曜日は、開院以来務めてくれた受付スタッフの送別会

DSC_1395_20160808184153.jpg


ご主人の退職と共に九州に帰ってしまうためなのですが、残念の一言です
12年間本当によく頑張ってくれてました
特に患者さんに優しく接してくれて感謝の言葉しかありません

48D72154-C0AB-42E5-B0B7-6CEBA9323399.jpg
ハーレム状態で写真をパチリ

飲み放題を選択したせいでついつい飲み過ぎて日曜日は二日酔い

朝起きてジョギングクラブのメニュークラブ内駅伝に参加しました
13901329_1172759466110024_7069015084384126499_n.jpg

我がチームは、3位で商品にレース前に着るポンチョを頂きました
走った距離はたいしたことないのでその後に10時頃から公園を6周して約20km走ってお酒を抜きました

2c4e1a7d-s.jpg

午後から家に帰ってエアコンの効いた自宅で体をゆっくり休めました

サロマ湖100kmマラソンへの道 9

1998年の新年を迎えて僕は、新たな目標としてサブフォーランナーになること
(フルマラソンを4時間以内で走る事。)とハーフで100分を切ることを掲げた

僕は、10月迄に、やはりハーフを中心に12レースに出場しハーフののベストを5月4日の庄和大凧マラソンで1時間42分16秒まで伸ばして秋にはハーフ100分以内への手応えを掴んでいた。

そして、もうひとつの目標であるサブフォーランナーになるために10月10日、98‘子供の国健康マラソンのフルマラソンの部にひとりで出場することにしていた。

2度目のフル挑戦である。この大会は、横浜にある子供の国の外周道路を10周するレースでコースは、アップダウンがありフードサービスが、とても充実している

もちろん子供の国で行われるため1歳の長男と4歳長女も大喜びでついて来る。11月下旬のつくばマラソンでサブフォーを達成しようと標準を合わせていたが、あわよくばこの大会でサブフォーを達成できたらと密かに考えていた

さすが晴れの特異日だけあって良い天気で暑すぎずマラソン向きの天気であった
スタート前に用を足しにトイレに行くと隣に立っていたスッタフと思われる人が、

「ここは、きついコースだよね。」

初めて参加する僕は、知る訳も無く

「そうなんですか。」

と平静を保ちながら答えるが、心の中では、

「マジかよ。」

と叫びたい気持ちだ

午前10時にスタートの号砲が、鳴り1周4.1kmの外周路を走ると半周を過ぎた所に先程、スタッフの教えてくれたとおりとても急な登り坂がある。こんな坂を走ったらとても42.195kmの完走は、無理と判断しこの坂は、歩くと決める。
(そう僕は、自分にとても優しいのだ。)

坂を登り切ると再び走り始め一周目(4.1km)のラップは、25分12秒、1km6分8秒のペースである。
2周目は、26分22秒、1km6分25秒。これでは、サブフォーは、夢のまた夢であるが、ペースをあげるような辛いことは、しない

サブフォーを諦め4時間30分を切ることにあっさり目標を切り代える。
25kmを過ぎると1周27分台にペースが、落ちてくる。結局4時間どころか4時間半も切れず4時間35分58秒でゴールしたのだった

レースを終えて家族の元に戻ると妻が、不機嫌そうな顔をして

「何やってたのよ!」

と聞くので

「走ってたんだよ!今日はフルマラソンだし!」

「え~~」

意地悪して言わなかったわけでもないけど彼女にとっては、僕がハーフを走ろうが、フルを走ろうが関係ないのだ!

子供の相手を早く帰ってきてしてくれることが、最大のテーマなのだ


残念ながらサブフォーを達成出来なかった僕は、今年最後のハーフのレース、第4回手賀沼マラソンにハーフを100分以内で走り切ることを賭けて出場した。

スタート直後の混雑によるタイムロスを除けば体調も良く前半から4分台のペースで走る。
(ハーフ100分以内で走るためには1km4分44秒以上のペース)

10kmを48分58秒でクリアし、20kを1時間35分19秒、ゴールしたのは、1時間39分58秒。目標の2秒前にゴールして辛くも目標を達成する

そして1998年最大の目標のサブフォーを賭け肌寒い晩秋の日で木枯らしが吹き落ち葉が、道路の上を舞っている第18回つくばマラソンのスタートに立っていたのだった



サロマ湖100kmマラソンへの道 8

1997年は、僕は、もうひとつ10kmを50分切ることを目標として掲げていた

その理由は、なにかしらの本に

「ジョガーとランナーとの違いは、10kmを50分以内で走れるかどうかの違いである。」

と書いてあったからだ

是非ランナーの仲間入りをしたい僕は、1997年最期のレースに第2回神宮外苑ロードレースの10kmに出場を決めていた
国立競技場をスタートとゴールにするこの大会は、神宮外苑の約2kmの平坦なコースを5周する記録の出易いレースである

それまで僕は、10kmのレースは、1度だけしか出場してない

この年の4月13日、第20回本門寺マラソンの10kmの部に出場したが、4月のとても良い天気で暑くアップダウンのある厳しいコースだったため59分25秒の僕にとって平凡な記録に終わっていた

11時にスタート、50分を切るために始めから積極的に飛ばす僕は、レース途中ゲスト参加で盲人ランナーの伴走しているあこがれの谷川真里さんを追い抜く。抜きざまに

「月、何キロ走っているんですか?」

と、質問すると

「800kmくらいです。」

と、丁寧に答えてくれる。

僕にとっては1km5分を切るペースで走りながら話すのは大変だが彼女にとっては、ジョギングぺースなのだろう息も全く荒げずに話している事に感心する。

結局、僕は46分41秒でゴールし目標の50分を切れる事が、できて1997年の二つの目標を達成して新しい年を迎えたのだった




サロマ湖100kmマラソンへの道 7

コンビニでこんな本が売っていたので思わず買って読んでみたら僕の知らない驚くべき事実が二つ!

DSC_1392_20160802083716.jpg

NHKは、高野連に甲子園大会の放送権料を払っていない!
高野連は、甲子園球場を(電気代等は、除く)タダで使用している!

驚きましたぁ~

さてさて~

大変な事に気が付いた。

残り5kmの時点で僕の左腕のセイコーパルスグラフは、4時間18分49秒をきざんでいる。残り5kmを35分で走れば楽勝で制限時間の5時間以内で完走が、可能なのだが、僕達は、最後尾からのスタートなのでスタートラインに辿り着くまでに11分3秒かかっているのだ。
グロスタイムは、4時間29分52秒。残り5kmを30分で走らなければならない
(実際のレース中は、スタートラインまでかかった時間は、11分位という曖昧な数字としてしか判らずこの時は、残り5kmを27,8分で走らないと制限時間内に完走できるかどうか不安で一杯なのだった。)
僕の脳裏に

「フィニシャーTシャツが、貰えなくなる。」

という想いが頭を霞める
今まで「辛い」とか「走るんじゃなかった。」と言っていた僕だが、制限時間5時間以内にゴールしたランナーだけに与えられるフィニシャーTシャツが貰えないとなると、話しは、別だ

残り5kmからは、距離表示は1km毎表示となる。1km7分前後だったペースを気力で振り絞り引き上げる

残り5kmから残り4kmまでの1kmを5分41秒、
残り3kmまでの1kmを5分56秒、今まで原先生に励まされたりなだめられながら走っていた僕が、逆に原先生を従えて走っている。

この辺りになると歩いているランナーもゴロゴロいるのでごぼう抜きしながらはしる。

残り2kmのラップは、1kmを5分38秒。

原先生が、僕についてこれず遅れ始める。しかし僕にとっては、原先生よりもフィニシャーTシャツの方が大事なので全く意に介さず飛ばす

残り1kmまでのラップは、5分32秒。グロスタイム4時間52分42秒、完走に目安がたってきた。ゴールの駐車場が見えて来た。
ゴールの上にある大きなストップウォッチが4時間56分台を刻んでいる。

「間に合った。」

と心の中で呟きゴールまで辿り着くと、時間は、4時間58分台となった。ここで僕は、見捨てた原先生のことを思い出す

「できれば一緒にゴールをしたい。」

と思ったのと一応、原先生は先輩なので先にゴールすると後が五月蝿いかもしれないと思い後ろを振り返る。

1分程ゴール前で待つと原先生の姿が見えて来た。二人で一緒に感動のフルマラソンのゴール
(細かいが僕の方が1秒先にゴールし順位は1つ先。)
タイムは、4時間59分19秒。

僕の後にゴールすぐ後にゴールした若い女性ランナーが、精も根も尽き果て倒れて動かなくなっている
待望のフィニシャーTシャツを貰い次々とゴールするランナーを見ているとゴール上の大きな時計が5:00:00を表示するやいなやマラソン大会のスタッフが今までのゴールを封鎖し違う方向のゴールにランナーを導いている。

つまり制限時間の5時間を1秒でも過ぎてゴールしたランナーは、フィニシャーTシャツは、貰え無いのだ。フィニシャーTシャツの権威を高めるためなのいだろう極めてシビアに制限時間でランナーを区切っているのだ。
逆に貰えた僕としては、喜びもひとしおである

ゴール後のエイドで貰ったラーメンが、とても美味い。脚を引きずりながら支度をした土産屋に辿り着くが、階段を登って2階の座敷に上がらなければならない。今までの人生でこんなに階段を上るのが、辛いのは初めてだ。やっとこさ2階に這い上がると僕達より、先にゴールしたマラソンのパソコン通信の仲間達が、

「どうだった。初フルは、」

と声をかけてくれる。とても辛くてやはりフルは、体に悪いと思うというようなことを言うと

「そんなことをいってもまた走りたくなるのよ。」

そう言われても今は、もうとても懲り懲りの気分だ。

河口湖マラソンは、町挙げてのイベントなため御土産屋が風呂も提供してくれいる。風呂で原先生と完走を称え合い座敷に戻った後、泊まりがけで参加した罪滅ぼしに
家族へ1階で御土産を買いに行こうとすると原先生が、僕に1万円札を差し出して

「これで適当に買ってきてくれ。」

原先生も1階に降るのが辛いのだ。ほうとうなど山梨の土産を2家族分買って2階に上がりパソコン通信仲間と僕達が制限時間ぎりぎりでゴールしてやっとフィニシャーTシャツを手に入れた苦労を話すとなんと

「あれは、ネットタイムで5時間を切れば、後でTシャツを送ってくれるのよね・・」

と説明してくれた

それを聞いて僕達の残り5kmのあの苦労は、無意味というか、無駄だった事を知り少しショックを受けたが、フルマラソンを完走した事実は、変わらない。

初マラソン完走の喜びを胸に大事なフィニシャーTシャツを鞄に入れ原先生と機嫌良く家路に着いたのだった

週末の佐竹選手

土曜日は、5月に18才になった長男を連れて東京都知事選の不在者投票へ

DSC_1383_20160801091704.jpg

オツムは、ともかく身長は、両親を凌駕した長男の後ろ姿

DSC_1382_20160801091717.jpg

日曜日は、久々に車で駒沢公園に行って暑い中ジョギングをダラダラ
テニスあるので10周21km走って終了

07e293d8-s.jpg

10時半からジョギングクラブの友人とテニスを2時間です

13680637_881834958588915_1542883320936747254_n.jpg


暑い中、頑張ったのでシャワーを浴びたあとは、自分へのご褒美!
お約束の一風堂で赤丸

DSC_1384_20160801091656.jpg

ポイント貯めて久々に一風堂のプレミアムカードの資格をゲットしました
これで替え玉と玉子が、1年間無料になります!

DSC_1385_20160801091641.jpg

車だったので体の疲れを取るためにランナーの駆け込み寺のサブ3ランナーが、マッサージしてくれる世田谷区中町の茂呂マッッサージ治療院で筋肉のこりを取って貰いました

DSC_1387_20160801091634.jpg

その後は、公開したばかりの映画ゴジラを満喫しました
怪獣映画と言うより大きな災害が起きた時の政府の慌てぶりが、
">

DSC_1388_20160801161849.jpg

「ゴジラに関する関係省庁は?」

など日本政府の危機管理能力リアリティーな部分が、面白かったですね

帰宅後お風呂に入って家で冷たいビールを飲んで爆睡したことは、言うまでもありません
プロフィール

走るお医者さん

Author:走るお医者さん
東京都大田区で開業している町のお医者さん
平成6年長女が、生まれたことを契機に一念発起してジョギングを開始!
フルマラソンのベストタイムは、3時間21分!
ウルトラマラソン100kmも年一度挑戦し完走!
基本的には、タイムを狙うというより仲間とおしゃべりジョギングを早朝や週末にジョギングを楽しんでいます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR